吐けずに辛かったつわり。しかし・・?

マンガやドラマのような話ですが、吐き気で妊娠がわかりました。それまでは生理も不順だったため遅れてるなくらいにしか思わなかったのですが、妙に吐き気と倦怠感が続いてまさか?と思い検査すると陽性。そこからが数か月つらかったです。

私は記憶のある範囲で吐いたことがなかったのです。食中毒になってもノロウイルスにかかっても吐き気はするけど吐いたことがなく、むしろ吐くことができませんでした。そんな人生を送っていたため悪阻でも同じく「気持ち悪いけど吐けない」とただただ辛い時間でした。吐いた後は少しの時間だけだけどスッキリするといった内容の体験談を某妊婦雑誌で読みましたが、私にはそんな少しでもスッキリした時間がなく1日中水分もろくにとれず廃人のようになっていました。

 

そんなある時に主人の提案で焼肉を食べにいきました。もちろん気持ちが悪いので外に出る気にも食べる気もありませんでしたが、半ば無理矢理連れ出されランチセットを食べました。もともと油っぽいものが苦手でしかもここ数日ろくに食事をしていないところに焼肉!無理矢理食べて(少量ですが)帰宅したとたん今だかつてない程の気持ち悪さと胃もたれ感が襲ってきました。

すると吐けたのです。それこそ最初に書いたようにドラマのようですが「ウッ」となってトイレに行ったらといった感じでした。

それからはよくある吐き悪阻の典型のようなパターンで食べる→気持ち悪い→吐くの繰り返しで辛い時期を過ごしていきました。吐けなかったころは食べることもままならず体重がどんどん落ちて行って赤ちゃんのことが心配でしたが、吐けるようになってからは少しは食べられるようになったので本当によかったです。おかげで「これ以上痩せたら点滴入院」と言われていましたがみごと回避できました。

後から聞いたところ、焼肉に無理矢理連れて行ったのは吐かせるための作戦だったと主人はドヤ顔で話していました。

陣痛室は横になっただけで分娩室へ直行。次はもっと早めに来てねと言われて…

1人目の子供が、早産の傾向があって絶対安静を言い渡された妊婦生活でした。

その記憶が抜けきらない間に、2人目を妊娠したので、もちろん大事を取って大人しめの生活をして、騒然の心配もなく臨月を無事迎えました。

数日前から、上の子のお守りのために実家の母に来て貰っていたので、なんとしても予定日に産みたいと思っていましたので、朝にそんなことを母と話している時に、ちくっと陣痛らしきものが来たんです。

もし、これが陣痛じゃないとしても、今日産ませて貰おうなんて言いながら、ゆっくり朝ご飯を食べ、上の子を連れて母と病院へ向かいました。
この時点で、ちくっと感じてから一時間ぐらい経ってました。
通常の検診日だったので、受付を経て待合室で待とうと思っていたら、先に見て下さるとのこと。

母と上の子を待合室に残して、私だけ診察室へ。

ところが、急転直下というのはこういうことを言うのでしょうか。
内診を受けて「直ぐに生まれるよ!」と陣痛室に移動させられた私は、着替えもそこそこに10分もしない間に直ぐに分娩室へと移動させられてしまいました。

陣痛の痛みに耐えている時に、横から聞こえてきたのは、看護師さんの「この子はすぐに生まれるから、近いベッドを開けて」と次に分娩室にいた他の妊婦さんに掛けている言葉。「良いなぁ~」と言いながら、大きなお腹をさすっている妊婦さんの姿も目に入ってきました。

良いなぁ~と言われても、朝一でチクっと感じてからまだ1時間半も経っていませんし、そんなに早く生まれるわけが無いと思って至んですが…。
結局、母と次に顔を会わせたのは、分娩室横の病室でした。
あれ?という小さな痛みを感じてから、二時間半での出産。
実際に堪えきれないような大きな陣痛を感じたのは30分ほどでした。

産後の処理をしながら助産婦さんに言われたのは、「三人目はもっと早く来てね」と「皆貴女みたいだと楽なのにね」いう言葉。

そっか~、他の人は大変なんだと、陣痛室で大きなお腹をさすっていた女性のことを思いだしました。

妊娠中は慎重に!私の切迫流産体験

結婚(入籍)から2週間後に予期せぬ妊娠が発覚し、妊娠・出産について知識のないまま、私の最初の妊娠生活がスタートしました。結婚式を4ヶ月後に挙げる予定をしていましたが、ちょうど安定期に当たるので、まぁ問題ないかなということで、そのまま結婚式の準備と並行して過ごしていました。妊娠初期に起こりやすい多少の出血、そして悪阻をなんとか乗り切り、妊娠4ヶ月に入ったある日。体調もすぐれてきたためブライダルエステでも受けてみるかと、電車を乗り継ぎ千葉から東京へ向けて出掛けました。

久しぶりの外出に浮かれていた私は、乗り継ぎの電車がホームに入ってきたことを確認すると、お腹の中に赤ちゃんがいることを一瞬忘れ、ホームへの階段を駆け上がってしまったのです。するとホームに到着すると同時に感じる違和感。慌ててトイレに駆け込むと、大量に出血しており、その出血が止まらずトイレから出られない状態に。緊急ボタンで人を呼び、救急車で病院へ搬送され、そのまま一週間入院することになってしまいました。幸いなことに赤ちゃんは大量の出血の中、必死の思いでお腹にしがみついてくれたようで、妊娠を継続することが出来ました。

もちろんブライダルエステはキャンセル、その後退院してからの一ヶ月間は自宅にて要安静、結婚式の準備は仕事で忙しい旦那に任せることになり、いろいろと申し訳ない気持ちでいっぱいでした。それでも周りの人に助けられ、素敵な結婚式を迎えることが出来ましたし、それからの妊娠生活は順調に過ごせ、元気な男の子を出産することが出来ました。

そんなどうしようもなくおっちょこちょいな私も、気づけば三人の子供達のお母さん。思い出すと二人目、三人目もそれぞれ大変な妊娠生活ではありましたが、やはりこの体験に勝るほどヒヤッとしたことはないです。今でも電車に乗る妊婦さんを見る度に「急いで走らないように、気をつけてね」と心の中で呟いてしまいます。

一人目と二人目の違い

私は今、5歳の長男と1歳の次男を持つ二児の母です。

まず、長男を妊娠した時はとにかくつわりがヒドく安定期に入るまでは毎日のように嘔吐してしまい、オレンジジュースや酸味のあるものが手放せませんでした。つわりが落ち着いてからは太るのが嫌だったのはもちろん、一人目なのでお腹の子にも栄養が行き届くように妊婦用のレシピ本も買い、妊娠8ヶ月まで仕事をし、仕事を辞めてからは実家が近かったので運動がてら毎日1時間かけて実家の犬の散歩をしていました。

そして、最初の陣痛から10時間かけて無事出産し、産後も母乳を出すために毎日のように野菜や栄養のあるものを考えて食事を摂るようにしてました。また、Wiiの運動出来るソフトがあったので体重管理やヨガ、骨盤ベルトなどを締めて産後のダイエットに励みました。元々、妊娠中は6kgしか増えなかったので母乳もたくさん出てどんどん体重が落ちていき気がついたら産後はマイナス13キロも落ちていました。しかし、母乳育児が終わると同時に体重はどんどん増え産前の体重に戻っていました。

そして、4年後次男を妊娠しました。


この時のつわりは軽く、嘔吐したのも1〜2回ぐらいでした。食欲は長男の時と真逆でジャンクフードやドーナツなどとにかく脂っこいものが欲しくなり安定期に入るまでに5kgも増えてしまいました。さすがにまずいと思いダイエットしたいのですが食べ物を気をつけても思うように体重は減らず臨月には12kgも増えてしまいました。でも、体調はとても良かったので出産2週間前まで仕事をすることが出来ました。

そして、出産当日の朝にちょっと腹痛があったので産まれるなという感覚もあり陣痛が激しくなってからわずか30分で産まれました。長男の時は初めての出産で意識朦朧としてましたが次男の時はとても元気で1時間後には晩御飯を食べてました。
産後のダイエットは赤ちゃん返りをしている長男もいるせいかストレスが溜まりつい食べ物に手を伸ばしてしまいなかなか痩せることが出来ませんでした。もちろん、二人の面倒を見なくてはならないのでWiiの運動なんてやってる暇がありません。母乳は割と出る方でしたが未だに産前の体重には戻っていません。あと2kgで戻れますがその2kgがしんどいです。

産むまでは地獄の日々、産むときは超安産、産んだらクタクタ

1人目を出産したのは21歳の時でした。

周りに経験者がいなかったのが良かったのか悪かったのか妊娠に対しての知識はほぼ無く、結婚したら妊娠するもんだと当たり前に思っていました。妊娠は病気ではないと思っていたので時間が不規則な仕事でしたが妊娠が分かった時も夜中の2時まで仕事をしていました。無知であることは怖いと後で思いました。案の定、出血し切迫流産で入院しました。病院で看護師さんに、赤ちゃんは元気だけどお母さんがねと言われました。

先生には、仕事を辞める努力をしていって下さいと言われもうこの仕事はできないんだと思いました。2週間入院してその間につわりも始まりつわりは辛かったけど赤ちゃんが元気な証拠なんだと嬉しくなりました。7ヶ月まで仕事をして辞めました。産まれるまでの間に前置胎盤になったり今思えば結構大変だったと思いますが当時はほんとに無知だったので深く考えることはありませんでした。それが良かったのかも知れません。

出産予定日の10日前に出産しました。産むときはそれほど辛くなく、陣痛もそれほど痛くありませんでした。ただ羊水が濁っていたらしく先生が上に乗ってお腹を押していて自分で産んだと言うよりは産ませてもらったという印象でした。出産よりもその後の処置がものすごく痛かったのを覚えています。若かったのもあったのか退院する頃には体重はほぼ出産前に戻るという驚異的な戻りでした。

2人目は23歳の時でした。

仕事はしていなかったので初期の頃は心配はありませんでしたがとにかくつわりがひどくて吐きすぎて喉が傷つき荒れて血が出るほどでした。つわりが終わると食欲が増して妊娠後期には体重が増えすぎて塩分制限を言い渡されました。臨月になってそろそろ気を付けなきゃと思った矢先に予定日より17日早く陣痛がきてあっという間に3回いきんだだけで産まれました。でも2人目の陣痛は激痛でこれが陣痛かと思いました。

腰をハンマーで殴られているような感覚でした。1人目同様、後の処置がものすごく痛かったです。2人目は体重が増えすぎたのですぐには戻らず2人を育てながらとにかくたくさん動いたり抱っこをしたりして体を動かしているうちに体重はほぼ戻りました。1人目も2人目も産まれるまでは色々あって苦しかった分産むときはご褒美のように超安産でした。

おしりに負担…妊婦の座り仕事は意外と大変!

私は女の子と男の子のママです。出産前はデザインの仕事をしていました。
一人目の妊娠の時、特にひどいつわりも身体の不調もなく、順調な妊婦生活を送っていました。当時の仕事内容も力仕事などはなく、椅子に座ってパソコンを使っての仕事だったので、妊娠8ヶ月頃まで会社に出勤して仕事を続けていました。

座り仕事だし、身体への負担などは考えておらず、妊娠前と変わらずに働いていたのですが、ある日、突然お尻に激痛が走ったのです。

それからは座ったり、立ち上がったりするたびに尾てい骨のあたりがピキっとする痛みを感じるようになりました。徐々に大きくなったお腹の重みで尾てい骨に負担がかかっていて、気づかないうちに傷めてしまっていたようです。

調べてみると妊婦の尾てい骨痛は結構ある症状の様で、同じような痛みに悩まされている妊婦さんの体験談もありました。

痛みを少しでも和らげるために座るときは円座クッションが手放せませんでした。それでもどんどん大きくなるお腹に、痛みは増すばかり、、、。

妊娠9ヶ月を迎える頃には尾てい骨だけでなく、足の付け根にまで痛みが出るようになりました。足の付け根の痛みは、夜寝て、起きあがる瞬間が一番痛く、毎日起きるのが本当につらかったです。

さすがに妊娠9ヶ月の頃には会社には出勤しておらず、実家の方に里帰り出産のため帰省していたので、痛みに悩まされながらも親の助けがあって生活はできていましたがそれでも本当につらい妊娠後期でした。赤ちゃんが生まれたらこの痛みはなくなるだろう、後少しの辛抱だ!と自分に良い聞かせながらも、もしかしたら産後もこの痛みが治らなかったらどうしようという不安もありました。

そしていざ出産!生んだ瞬間に尾てい骨の痛み、足の付け根の痛みはきれいさっぱり消えていました。

座り仕事だからといって、妊婦の身体は普段の身体とは大きく変化しているので、思ってもみない部分に負担がかかっているのだなあと実感しました。